桜は既に散りましたのよ、母上様

 皆さんこんばんわ。実は私、ちょいと厭世観と言うか、自殺願望と言うとんでもない願望に少しだけ取り憑かれまして(おそらくPMSのせい)、2ちゃんねるで「 自殺した人と最後に会った時どんな感じだった?」というのを見ていました。そして分かったこと。
 本当に死ぬ気の人間は、「死ぬようなことをにおわせない、又、友達にいきなり感謝の言葉を述べる」。後は不自然に明るいとか、無表情とか、話をしていても聞いてないような、遠くに行っちゃったような感じがするとかだそうです。そう言えば、PMSが最高潮だったとき、私も表情がこわばってたなぁ。そして、小声で「ふ〜けゆく〜あ〜きのよ〜」って歌ってました。どうしてあの歌だったのか、未だに謎ですが。
 そのような事情のため、先週の「日本のスイッチ」はアップできませんでした。日ス輪の皆様、申し訳ございませんでした。<(_ _)>
 さて、今日は、両親が実家の草抜きのために実家のある島に帰りました。そして、私は、母上から「27枚のはがきに桜模様の50円切手を貼って投函してくれ」との指令を受けました。我が地方の桜はもう散り終えようとしていて、葉っぱの方が目立っている状態なんですが、切手はあるそうで、私は絶対あるであろう郵便局の本局まで車で走りました。私の市の本局は、本局のくせに駐車場が狭い。で、その日も案の定駐車場がいっぱい。ていうか、6台しか置けん本局ってどうよ。この田舎で!!路駐は絶対にしたくない私は、ぐるぐると車で回りながら、空くのを待っていました。郵便車の出入り口前の駐車厳禁の表示の上にとめるおばちゃんを軽蔑の眼差しで見ながら。
 やっと空いたと思って駐車し、本局に行くと…売り切れてました。そして、「こちらの切手もかわいいですよ〜」と北海道の名産をイラストにした切手を勧める局員さん。挫折して買いそうになったものの、「相談してみます。」と断って、母に電話を入れると、「K郵便局(小さい)にある。ああいうのは、小さい方にまだ置いてある。」とのこと。
 K郵便局までは本局から車で3分。…売り切れてました。そしてさらに車を4分走らせて、T郵便局。…売り切れていました。そこから更に…もう時間はいいや。J郵便局。…駐車場がいっぱいで一車線の道路にまで駐車中の車がはみ出していて、止められる雰囲気ではありませんでした。そして、私の住まう市よりも田舎であろうM町ならあるだろうとふんで、走ってみると、元々ないのか、それとも私の走る道にはないのか(多分後者)、探すうちにK町に。そこの本局に行くと、やっぱり売り切れ。そして、Z市のO郵便局に行きますと…。売り切れてますよ。
 他にお客さんがいなかったから、いっそのこと桜じゃなくても買ってあげようかと思いましたが、母上の指令は絶対遂行。いや、母上からはそこまでは言われませんでしたが、実は今年、母上が定年退職して、お礼の葉書を各方面に書き、しかも自筆の桜の水彩画が…。ここに桜の切手を貼ると、完璧な物になると思って所望したのでしょうから、それを裏切るわけにはいかん。そして、もうこれでなかったら諦めようかと思って私の家から車で10分弱の場所にあるT町豊原郵便局に行くと…。最初からここに行けば良かったんじゃ〜!!
 これが例の切手→平成18年ふるさと切手「河津桜」
 母上様、この切手、去年の二月発売ですってよ。探索所要時間:約一時間半。母上の希望を叶えるべく車で半径二十km圏内を走りまくった私に乾杯。しかし、桜だけならまだしも、桜にメジロって、なんだか季節外れで、逆に間抜けじゃありません?ねえ母上様。
 まあ、疲れましたけど、達成感はありました。母上の希望を叶えてくれてありがとう、豊原郵便局の皆様。これからも切手や葉書は豊原郵便局で買おうと心に決めつつ、私は、買ったばかりの河津桜の切手を局内でせっせと27枚のはがきに貼ったのでした。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

おばあちゃん

 私のおばあちゃんは、苦労の人でした。今は、おばあちゃんを浮気やばくちで悲しませた祖父も亡くなり、悠々自適の島ライフを送ってすごく元気に暮らしていますが。私が、孤独死や病気を心配して電話をかけると、「元気よ。まだまだあんたには口では負けんで!!」と言われ、安心して電話を切ります。
 今回は、失恋の痛手から、とにかく一人でいたくなくて、三日ほど島に帰って、いろいろ話しましたが、やっぱりおばあちゃんですから、何回も同じ話をするのですよ。楽しかったことも、愚痴も。最近は、愚痴が多い気がしますが、それで気がすむのなら、それもいいか、勉強になることも言ってくれるし、本人も私も楽しいと思って、今までは聞いていました。
 しかし、今回は、私が聞いてもらう方が多かった。話題は、もちろん失恋の話。その中でも、本当に腹が立った、あのメールのことを言うと、「かわいさ余って、憎さ百倍やったんやろ。」と。失恋したばかりだから、励ますようなことを言っているのだと思うかもしれませんが、彼女に限っては違います。彼女は、前にも私が手痛い失恋をした時、きっぱりとこう言ったのです。「遊びやったんやわ。」と。さすがおばあちゃん、厳しい人生を歩んできただけに、言葉も厳しいです。それがあるからこそ、今回のおばあちゃんの言葉も長年の経験からくる言葉なんかな、と思って、信頼できます。
 そして、別れ話の顛末を話すうちに、私が、
「一週間以上、夜も寝られんと悩んだ結果やから、覆さんやって。そのぐらい悩んだんなら、一緒にやって行く方を選んでほしかったと思わん?」
というと、彼女が思いがけない言葉を…。
「それ聞いて、安心したわ。だって、もうええわ、好かんわって思ってたら、一週間も悩まんやろ、一日ですぐに結果出してるわ。あんたのこと、嫌いなばかりで別れたんじゃなかったんやわ。好きな気持ちがあったから、そんなにも悩んだんやろ。」
と。それは自分でもちらっと思ったりしましたが、彼とのことを美化しようとしているのではないか、と否定していました。だって、お互い好き同士なのに別れるなんて、ドラマやマンガ、現実だとしても、雑誌投稿とか、サイト書き込みとかで見るくらいの、自分の周りには絶対にない、非現実じゃないですか。まさか現実に、自分に起こるわけがない。
 でも、思ったのです。昨日書いた、素直になるということ。ならば、おばあちゃんの言葉を素直に受け入れようと。そして、おばあちゃんは、こうも言いました。
「今度、いつどこで再会するかも解らない、そんな時に、ぷいっとそっぽを向くような、お互い感じ悪い別れじゃ、悲しいでしょう?だったら、『貴方のおかげで、いろいろ分かったことがありました。貴方のことは、一生の宝にして生きて行きます、ありがとう』って手紙に書いとき。」
 私は、正直、別れは、きれいに別れても仕方ない、どんなに口汚くののしっても、自分の言いたいことを全部言って別れた方がいい、と彼の前の失恋で悟った気になっていました。でも、それは、相手がそれだけの人間のとき。今回の彼は、本当に好きだったし、大切にしてもらったから、おばあちゃんが言ってくれた通りにするのがいいかと。もちろん、復縁は出来ないと分かっていますよ。だから、手紙を書いて、昨日、信用の出来る人に預けてきました。内容は、ごめんなさい、秘密です。
 おばあちゃんは言ってくれました。「水は、一所に留まっていたら、淀んで腐ってしまう。」「『心配するな、なるようにしかならぬ』やからね。」
 おばあちゃんはこのブログを読めないと思うけど、おばあちゃんのおかげで少しずつだけど、前を向いて歩いて行けそうです。一期一会の大切さを教えてくれて、ありがとう。いつまでも、元気でいてね。大好きよ、おばあちゃん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)