己ら何様のつもりや!!

 皆さんこんばんわ。いきなり女とは思えないような乱暴なタイトルで失礼いたします。ちょっと前に、捕鯨に関する愚痴を述べた私としては、見過ごすことの出来ないニュースが入りました。

豪環境相、商業捕鯨めぐる日本政府の対応は「子どもじみたかんしゃく」 AFPBB News

 何なんでしょうか、この上から目線は。
「俺ら白人種は、イエローモンキーの調教師なんだぜ〜。猿は言うことを素直に聞いてりゃいいんだぜ〜。噛み付くなんて生意気な!!」
とでも?どっちが子供じみてるんでしょうか。ていうか、ちょっと色白に生まれたからって、何うれしげに言うとんな。
 水産庁の小松政之さんがこれまで一生懸命科学的な調査からなる根拠をあげて、発表している途中に、さっさと閉会しようとした前科はどこ行ったのよ?そして、小松さんに英語でたしなめられましたよね、「まだ人が話している途中なんだから、勝手に終わらすな!!」と。
 他にもいろいろと無礼な働きをされて、とうとう腹に据えかねて「脱会する。」でしょう?あの温厚な日本人が。どっちが親なんだかwこれって、「もうお前ら勝手にしろ、俺らは俺らでやるから。」っていう最終通告じゃないの?昔、良く言われてましたよね。親に「もう勝手にしなさい。」と。
 それはそうと、なんて言うか、捕鯨が残酷とかよく言えたものですよ。自分ら白人種はすぐ肉に加工できるような品種の鶏を開発したくせに。
 これは、宗教の問題だから仕方ないんですが、日本人は、昔から自然とともに生きて来たから、本当に自然を大切にした。米一粒一粒にも神様が宿っていると言ったりして、食べ物も粗末にしなかった。近年、それが崩れつつあるので、悲しいのですが。
 生き物だって、物だって、使える限りは使い、使えなくなったら供養していた。白人種のように、人間以外は全て神から与えられた物とは思えなかったんですよ。
 それは、ご飯を食べる前の挨拶にも表れているでしょう。キリスト教がいかんとは言いませんが、日本人の「いただきます。」とは、自分が生きていく上で、犠牲になった生き物の命を「いただく」という意味。でも、クリスチャンの挨拶は「精霊と神の御名においてアーメン。」でしょう。感謝する先が根本的に違うのですよ。そこから生まれる価値観のずれは、もはや埋めることは不可能。
 しかしですね、あんたらだって、鯨を「神様から恵まれた動物」としてとらえてたんでしょう?しかも、メルヴィルの「白鯨」を見ると、鯨がかなり獰猛に書かれてますよね。しかも、その中に、長ったらしく「この鯨はどうで、鯨の脂をランプに…」とか書いていましたが、食べるのは残虐でも、道具に使うために殺して、用済みになったら海に捨てるような行為は残虐じゃないとでも言うのでしょうか。ていうか、あれだけ鯨を凶暴に書いた文学をもてはやしながら、今更「鯨は賢い!!」はないわなぁ。
 そういう、「お前はダメだけど俺はいい」という精神性だから、いつまでも幼稚なんです。しかも、あなた方は、その鯨の慰霊をしたり、慰霊碑を立ててますか?あれだけ「賢い鯨を殺すなんて、ひど〜い!!」と、幼稚園児みたいなことを声高に叫んでいるんですから、さぞや、日本人も恐れ入りましたというほどの丁寧な慰霊をしてるんでしょうね?是非見てみたい物です。
 どちらの宗教がよりいいとは思いません。しかし、日本人の精神性とも言える、食べ物に対する考え方だけは非難して頂きたくはない。それが、科学的根拠に基づく抗議ならまだしも、感情論で責めて来るとは、言語道断。
 今回のオーストラリアの言い様は、わがまま女のヒステリーにしか思えません。
 
 ていうかさ〜、基本的に、白人種ってネイティブアメリカンやアボリジニ虐殺の頃から全く成長してないよな。そらそうやわな、有色人種にたてつかれたことがムカつくいう理由だけで焼夷弾落としたり原爆の試験やったりして、人間を焼き殺せるんやから。どっちが残虐や言う話やわ。鬼畜米英って言いよった昔も、ある意味正しいで。
 あ、独り言です、独り言。

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