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とんだ茶番劇 2

 皆さんこんばんは。今日は、お茶とお花の日でした。お茶もお花も、嫌なことを忘れられるからいいですね。今回は特に、お客様と亭主(お茶を点てる人)との陣地の関係と、お互いのプライベートには立ち入らない、ということを学び、人間同士の程よい距離というものを知れて、良かったです。お茶というものは、一つ一つ、お茶以外の精神的な作法も学べるから、いいです。もう少し、若いころから学んでおけば良かったと思いました。
 さて、昨日は、とにかく、その日中にアップしなければと思い、内容がちょっと消化不良に終わってしまい、申し訳なく思います。今日は、その追加版です。
 さて、今回の金英男氏と家族の再会について、テレ朝がやけに力を入れて報道してましたね、ワイドスクランブルで。おかげで、又いろいろ分かったことがありました。
 質問がめぐみさんに及んだ時、彼が笑みを浮かべたのは、「やっぱり来たか、予想通りだったよ。」という意味のものだ、と解説していました。
 おかしいと思ったんですよ。解説されるまで想像だにできず、ただムカついただけの私が馬鹿でしたが。
 普通、自分の愛する妻が自殺と言う不幸な亡くなり方をしたら、少しでも辛そうな表情を見せるでしょう。それが、薄ら笑いを浮かべる。そして、遺骨問題になると、「私とめぐみに対する人権蹂躙だ」と怒る。怒るポイントを間違っちゃいませんか?「私の敬愛する金正日様を冒涜するとは!!」と言っているように見えましたよ、あなたの表情は。ここで、私は、彼が北朝鮮に洗脳されたと確信しました。
 そして、北朝鮮に拉致監禁、監視され、次第に工作員になって行った者は、このように、人間らしい反応を示すことさえ許されないのかと思い、改めて北朝鮮に激しい怒りを感じました。
 しかも、めぐみさんが亡くなった原因が横田さんご夫妻にあると言うとは…。いくら北朝鮮でも、呆れましたね。でも、以前、めぐみさんが死亡したという偽情報を持ってきた時は、そんなこと言ってませんでしたね。何でもかんでも他人のせいにしたらいいってもんじゃありませんよ。付け焼き刃の作文は、いろいろ矛盾が出てきて、大変ですね。小学生でも、もっとマシな文章を書きますよ。
 でも、わずかな望みは、彼の表情とあまりに荒唐無稽な死因に、この会見を見た日本人全員がめぐみさん生存の確信を持てたことでしょうか。
 それと、韓国メディアも、さすがに今回の記者会見の内容を見抜いていたこと。参考は→朝鮮日報 そして、会談後も韓国の各メディアも、今回の再会の意図を見抜いていたことには、今後、期待できるかもしれません。ただ、日韓拉致被害者家族の連携は、もう無理だという見方が強いですけどね。
 しかし、横田さん夫妻他、拉致被害者家族の方々は、後何回このような、耐え難い我慢を強いられるのでしょう。いつまで、このような無礼な発言と行動の数々に傷つき続けなければならないのでしょうか。
 それを思うと、あくまでも北朝鮮のために奔走した旧社会党、日本共産党、土井たか子と野中広務、彼らは万死に値すると思います。とうに亡くなったけど、金丸信も北朝鮮の増長に大いに貢献しましたね。私が強烈に覚えているのは、その面々です。
 そう言えば、テポドンが発射されるのされないのって時に、なぜかいきなり土井たか子が訪朝してましたね。いったい、なぜ?避難か?と思ったものですが…。
 「テポドンを今発射したら、国際社会、特にアメリカを怒らせることになる、それはまずい、それよりも、今回の家族再会を利用して、北朝鮮の国際的評判を挙げる方が得策!!」
と進言したかどうかは分かりませんよ。でも、私は、今回の件に、土井たか子が、関与しているような気がしてならないと勝手に思っています。
 なんせ彼女は、昭和62年(1987年)、訪朝した際に、金日成主席から声をかけてもらい、「自分の家に帰ったようです。」と言ったくらいですからね。
 彼女は、かねてからネット上で「朝鮮人ではないか?」との疑惑が持ち上がっていますが、北朝鮮故郷発言、拉致問題であくまでも北朝鮮のために動いていたことと、今回の訪朝を見る限り、そう判断せざるを得ませんね。
 最後に話が飛躍しましたが、日韓が拉致問題で協力することはないにしても、今回のことで、北朝鮮が韓国メディアまでも敵に回してしまった事実は否めませんね。こうして、少しでも拉致被害者の方々救出が早まれば、これほどうれしいことはありません。

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とんだ茶番劇

 皆さんこんばんは。まだまだ夜は過ごしやすいですね。ただし、私は四国在住ですので、過ごしにくい地域にお住まいの方には、ごめんなさい。
 さて、今夜は、いきなり重い質問です。あなたは、自分の命と引き換えに、何か願いが一つ絶対叶うとしたら、何を願いますか?
 この質問は、あるサイトでされていたものです。 私は、考えました。そして、「このことがかなうなら、私の命くらいと思えるほどの願い=公に関すること」でないといかんと思ったのです。
 そして、出した結論は、「北朝鮮に拉致された人々全員の無事救出」でした。カッコつけてるわけではありません。本当にそう思ったのです。
昨日、横田めぐみさんの夫とされる金英男氏と韓国のお母様とが再会を果たしました。再会できたことは、十分喜ばしいことと思います。ただ、服とか、つけている時計とか、笑顔とかが、ものすごく嘘くさく見えましたけどね。さすが劇場国家と思いました。ちなみに、こちらのBBS で得た情報によると、北朝鮮の元工作員、安明進氏が「再会の場にいる北朝鮮側の男達は、自分と一緒に工作活動をした者だ。」と証言したそうです。そして、あとは、北朝鮮ウォッチャーにはバレバレの筋書きがえんえんと。
 しかし、私が最も怒りを覚えたのはここです。
Sankei Web 国際 めぐみさん「94年に自殺」 金英男さん記者会見
Sankei Web 政治 金英男さんの証言、信憑性に疑問 政府、誠意ある回答求める
 仕方ないとは思いますよ。なんせ、北朝鮮は、一度めぐみさん死亡の回答を出してますから、今更、実は生きてました、なんて口が裂けても言えないでしょう。北朝鮮に渡された作文を読まされているのも分かるし、それに逆らうと、どうなるかも想像できます。だからこそ、あのような不自然な表情になったのでしょう。
 ちなみに、先ほど日本テレビの「今日の出来事」で、「それまでは普通だったのに、話がめぐみさんのことに及ぶと、ちらちらとメモを読むようになった。」と指摘されています。ここまで来ると、怒りを通り越して呆れてしまうのですが、不快さばかりが残る記者会見になりました。最初から、この再会にはほとんど期待してませんでしたけどね。それでも、横田さんご夫妻のことを思うと、腹が立って仕方がないのです。
 これを見て、韓国国民は何と思うのでしょうね。特に、他の拉致被害者家族の方。この再会に希望が見えましたか、それとも、課題が山積みと思いましたか。このような茶番劇にだまされず、日本の拉致被害者家族の方々のように、毅然と、拉致被害者解放を訴えてゆけるように、そして、その思いが実るように、願って止みません。このようなことで、日韓の拉致被害者家族の連携にひびが入ってほしくないと思います。もう既に、入っているのでしょうが、これ以上がっかりさせないで頂きたい。
 昨日今日とテレビを見ていて、どうしても気になったことがあるのですが、横田早紀江さんが、どうも、やつれているように見えました。くれぐれも、お体を壊されないようにお気をつけ下さい。特に、これから暑くなりますので、非常に心配です。

最後になりましたが、ご紹介です。

北朝鮮に怒りの声を!!
子供を返せ!家族を返せ!日本人を返せ!
北朝鮮からすべての拉致被害者を奪還する国民大行進のご案内

■日時:平成18年7月15日(土) 開場12:30 開会13:00

■場所:砂防会館別館 シェーンバッハ・サボー 1階
=入場無料 カンパ歓迎=
東京都千代田区平河町2-7-5 電話03-3261-8386
地下鉄永田町駅(有楽町線・半蔵門線・南北線)4番出口徒歩1分

【第1部】
◆基調講演◆
佐藤勝巳 (「救う会」全国協議会会長 現代コリア研究所所長)

◆公開討論会◆
『日本よ今...闘論!倒論!討論!2006』
(スカパー!767ch土曜21時放送)

青木直人   (ジャーナリスト)
荒木和博   (特定失踪者問題調査会代表)
クライン孝子 (ノンフィクション作家)
佐藤勝巳    (「救う会」全国協議会会長 現代コリア研究所所長)
佐藤守    (元航空自衛隊 南西航空混成団司令 空将)
増元照明   (「家族会」事務局長)ほか

司会:水島総 (日本文化チャンネル桜代表)

【第2部】
◆拉致被害者家族・特定失踪者家族・地方議員からの訴え◆
◆子供を返せ!家族を返せ!日本人を返せ!
    北朝鮮からすべての拉致被害者を奪還する国民大行進◆

※16時30分出発予定
<デモ コース>
砂防会館別館〜平河町〜溜池山王〜六本木〜三河台公園解散
(約2.6km)

■基調講演・討論会主催■
日本文化チャンネル桜 03-6419-3900 info@ch-sakura.jp
■各訴え 大行進主催■ 
さくら草莽会  jimukyoku@soumoukai.net
■共催■六本木草莽会/神奈川草莽議員の会 / 東亜問題研究会 ほか
■報道■日本文化チャンネル桜
当日の模様は緊急特別番組として
スカパー!767CH日本文化チャンネル桜と
日本文化チャンネル桜インターネットオンデマンド放送にて世界へ配信!
Japan Cultural Channel - Sakura

ご參加表明、竝びにご支援の書き込みをチャンネル櫻掲示板下記スレッドにお願ひ申上げます。

日本文化チャンネル桜 - 掲示板

『7月15日拉致被害者全員奪還への集会と東京大行進』

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叔母

 次第に暑くなってゆく昨今、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
 昨日は、祖母と叔母さんが来ていて、半日運転手をしていました。半日運転手と言っても、 善通寺まで乗せて行き、うどんのご相伴にあずかり、お茶をごちそうになり、叔母を駅まで、祖母を港まで送っただけですが。私の出費は、300円程度のガソリン代と、110円の駐車料金だけでした。…しかも、祖母から一万円をもらい、叔母からは五千円をもらう始末。まるでたかりです。いえ、もちろん要求はしてないですよ。
 申し訳ないので、祖母には、解らない形で(敬老の日とかにプレゼント)返し、叔母には、彼女の子供や孫にプレゼントとかお小遣いで返して行こうと思います。うーん、グッドアイディア。
 今回は、その叔母の話。叔母は、母方の妹で、母が名字だけ父の方に移して、家は母の方という、いわばサザエさん一家状態でした。そして、そこには、未婚の妹が二人住んでいました。その二番目が今回の叔母。私の幼少時にもいたので、おばちゃんとは呼ばず、「○○姉ちゃん」と呼んでいました。
 その叔母も、広島の方に嫁ぎましたが、今回、忙しい中、3日ほど実家(島)に帰っていました。そして、昨日、善通寺に寄って帰りました。
 その叔母なんですが、とにかく、人と話すのが好き。そして、彼女は、歴史を研究するのが好きで、善通寺に行くと、釈迦如来とか弥勒菩薩の石像がありますよね?それを見て、「釈迦如来だけが実在していて、他の如来や菩薩は、書物状のものだ。」とか、「菩薩が三億五千万年修行しないと如来にはなれない、だから、菩薩は、完璧なもので、飾りはつける必要はなく、シンプルな身なりをしている。」とか説明してくれ、 宝篋印塔を見ると、「これは、笠の形で造られた時代が分かる。」と説明してくれ、まるでガイドです。
 しかも、彼女は、説明するだけじゃありません。全く知らない人にも話しかけて、話すのです。善通寺の御影堂の、お守りを売る所では、そこの人と話し、ベンチに座っていると、そこを通りかかった掃除のおばちゃんと話し…。とにかく、話し好きなのです。
 ああいう人って、いいですね。いや、彼女のような人の方が多いのかも知れない。ちなみに、母も「多分そうだろうなってのは嫌い、だったら、きちんと聞いて、はっきり分かるようにしたい。」という性格です。私は、彼女たちをうらやましく思います。
 なぜなら、私は、マイナス方面の自意識過剰だから。「こんなこと聞いて、変に思われたらどうしよう…」という考えが出てきます。こういう人は、とても損をしている。ちょっとの虚栄心を捨てて聞いてしまえば、新しい知識を得て楽しいし、楽しい会話もできるのです。早く、無駄な虚栄心を捨て、もっと楽しい生き方をしたい。そう、叔母や彼女のように。
 余談ですが、叔母が今回善通寺にお参りに行ったのは、交通事故に遭い、重傷を負いましたが、無事回復しまして、そのお礼参りです。こういう形での信仰心っていいですね。

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散財

 皆さんこんばんは。今日は、リキッドファンデーションが切れたので、近所のドラッグストアに出向き、ついでに、トイレットペーパーとトイレの消臭剤、整髪料が切れかけなのを思い出して買い、マスカラも、「あれ、三年以上前のだよね〜」、と思って、新しく買いました。あ、あと、わきがなので、わきがの薬もね。
 最近貧乏なので、安いのを〜と思ったのに、マスカラに気づいたのがそもそもの間違いでした。気づいたら、6,800円…。貧乏なのに…。ぅぅ(´_`)ガソリン満タン入れられるじゃないかー(たとえがセコい)。でもいいや、きれいになれるなら。
 …ごめんなさい、眠気が極地に来たから、今夜はここまで。話をつなげるほどの思考能力がなくなりました…。

 何時間か経って、復活です。
 さて、女性の皆さんは、まだ残量があるのに、年月が経って、使うには躊躇するような化粧品は、どうしますか?私は、まず、母に勧めます。当然、何年前に買ったかは言いますよ。ちなみに自己弁護しますと、私も、母までは行かずとも、勿体ながりなところがあり、口紅が少なくなると、紅筆で、えぐってでも使います。ペンシルタイプのアイブロウなんか、削れなくなったら、今度はカッターを使ってでも削りますし。みみっちいですか?(´・ω・`)
 例えば、皆さんは、賞味期限が過ぎている場合、何日までなら大丈夫ですか?牛乳なら?私の母は、10日過ぎていようと平気です。牛乳でさえそうなのですから、他のは、ねぇ…。
 これには訳がありまして、母は、元々島育ちで、貧乏だったのです。私も、幼いころは、ちょっと貧しかったのを覚えています。そこで、ものを大切にする癖がつきまして、時に、ベーキングパウダーを見ると、賞味期限が6年前のが保存されているという素敵な状態。それでも、「まだ使えるかな?」と言っています。私は使いませんが、母が使うなら、と、捨てずにいますが、たまに、「これはさすがに…」というのがあれば、母がいない間に、こっそり捨てます。そこまで努力しても、どこからか、また5年前に終わったソースやなんかが出てくる…。
 食品でさえ、こうなのですから、食品以外は何をか言わんや、です。おそらく、化粧品なら、10年以上前のものでも、見た目に異常がなければ、気にせず使います。
 しかし、私も、実は最近、上で書いたように、貧乏でして、3年くらい前のなら大丈夫かな、と思い、友達が肌に合わなかったと言っていた乳液をもらいました。こうして、勿体ながりは、親から子、子から孫へと受け継がれてゆくのですね…。いや、母の場合、祖母から受け継いでいるから、それを受け継ぐうちに、DNAとして組み込まれてゆくかも知れない…。
 そういえば、2004年ノーベル平和賞受賞者でケニア共和国環境副大臣、ワンガリ・マータイさんが日本で知り、感銘をうけた言葉が「もったいない」という言葉だそうで、この言葉は、外国語に訳すことができない、つまり、日本独特の価値観らしいですね。
 こういう価値観は、私には、もうほとんどないのかと思っていましたが、まだあるようで、ほっとしました。まあ、服屋さんで買った時にくれる紙袋を、いつまでも置いといたり、トイレットペーパーのビニール袋でさえ、ゴミ箱の袋にするくらいだからなぁ…。ここまで来ると、みみっちいですか?でもいいです、だって、お金ないし(泣)。

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正しいんだけどね。

 皆さんこんにちは。 今朝、頼んでいたお見合い先の親から、「息子より学歴が高いのは…」という理由で断られました。釣書や写真をかわしただけで、なかなか返事をよこさないから、怪しく思っていたので、どうこう言うつもりもないですけどね。で、今日、親が新しいお見合いの釣書と写真を持って帰ってくれたのですが…。すみません、頼んでおいて何なのですが、気が進みません。顔はまあ、私も人のことが言えないのでいいのですが…。年が一つ下なのですよ…。私のようなわがままは、年上の方がうまく行くんじゃないかと思うのです。あと、出身校が、どうも、受け付けない…。自分の人間の小ささに嫌悪を覚えますけどね、心の問題なので、しかたないです。
 さて、今回は、知人の話。知人と言っても、20年以上の知り合いですが、今は、年賀状くらいの付き合いしかありません。
 最初に書きますと、彼女は、非常に努力家です。考え方もしっかりしている。そして、どこか守ってあげたくなるような感じで、甘え上手です。いわば、女性としての魅力がある人です。
 しかし、なぜか居心地が悪い。私がそう思うのだから、彼女も感じていたんでしょう。連絡が途絶えたのは、育児に関する考え方が対立したこと、そこで私の考え方を押し付けたことが決定的な理由ですが、元々の考え方が、おそらく、全く違っていたのでしょう。彼女の言うことはいつも正しい、それは分かっている、だけど、それは違うんじゃない?と思うのです。理屈では言い表せない違和感と言いましょうか。
 彼女は、タクシーに乗った時、お礼は言わないと言います。それは、お金を払ってるんだから、言う必要はない、と言います。
 あるとき、彼女と車で移動していました。彼女は車を持っていないので、私の車で移動していたのですが、そこで、彼女が「車なんて、どっちか一方の持ってる方が出せばいいのよ。」と言ったのです。いや、正しいよ、あなたの言うことは正しいよ、と思いますし、正直とも思います。
 しかし、セコいことは言いたくないのですが、ガソリン代だって、ただじゃないのです。そして、肉体的疲労もあるし、精神的緊張もある。そこに思いをいたさずに、今、正に運転中の私に向かってそんなことを言えるのって…と思いました。
 彼女は、家に送った時に、必ず「ありがとう。」と言ってくれていました。あの言葉を聞くまでは、私も素直に感謝の言葉を受け取れたのですが、それからは、無理でした。
 人には、人の数だけ考え方がある、当然です。自分の価値観だけが正しいとは思いません。彼女の価値観も、私以外の人には受け入れられるのかも知れない。それが、世間では正しいことかも知れない。解ってる、あなたの言うことは、正しいんだけどね…。
 そんな、何となく釈然としない気持ち、ありませんか?

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おかしいぞ?

 皆さんこんばんは。今日は、久しぶりに書く事がなく、ちょっと困っています。
 世間では、奈良の少年による放火殺人事件が起こっていますが、裁判に入れば、いろいろと分かる事実があると思うので、今は静観です。かっこ良く書いてみましたが、「逃げ」です。
 あと、大阪で、集団リンチ(殺人および死体遺棄になりそうな)事件がありましたね。その概要を読むだけでも、このごろの大学生はやくざのようだと戦慄を覚えますが(私の小学校時代の知人のお姉さんが、やくざに惨い殺され方をしているので、やくざと言い切ります)、今はただ、連れ去られた二人の無事を祈るのみです。何らかの形でこの事件に決着がついたとき、又思う所を書きましょう。決着と言っても、いい意味(二人の生還)での決着を心から希望していますが。
 さて、私が今回思うのは、このブログが、なぜこのような内容になったのか、ということです。これって、ブログ紹介に書いたような「ミルクティーを飲みながらという軽い気持ちで、心に浮かんだことをつづります」ってのと全然違うじゃん!!と思うのですよ。しかも、私、一応女なのに…。
 タイトルからして、癒しのようなブログ。なのに、なぜ、殺人事件の概要や、死刑賛成だの反対だのを読まされる羽目になるのか…。少なくとも、紅茶片手にほのぼのと考えるような内容じゃないだろ、と思われたかもしれません。癒しを求めて来訪された方には、心からお詫びを申し上げます。
 第一、今日のエントリだって、初っ端から事件の話ですものね。何かが違うと思いつつも、ブログの内容が、タイトルとは全く別物の、いわゆる一人歩きをしていてそうで、気が気じゃありません。(自分で書いたくせに)
 これからは、なるべく、ほのぼの系で行きたいと思いますので、乞うご期待!!
 と書く割りには、ジェンダーフリーについて書こうと企んでいるのですが…。
 
追伸:6月4日のエントリ「癒しの漫画家理子先生」に、理子先生のコミックのリンクを貼ってます。興味がある方は見てください。
では、お休みなさいませ、お風呂に入ってきます。

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おだやかに



「なぜか人に好かれる人」の共通点 PHP文庫

Book
「なぜか人に好かれる人」の共通点 PHP文庫

著者:斎藤 茂太

販売元:PHP研究所

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 皆さんこんばんは。やっと、紹介したい本のリンク方法を知って、うれしい台風です。今日は、週一回のお花とお茶の日でした。そこの先生は、私の「茶道華道の先生は厳しいはず!!」という固定概念とは全く違う、おだやかで優しい方です。このような先生の元で習っていると、自分もそうなれそうな気がして、終わる時は、いつももう少しいたいような、お話ししたいような、何となく不思議な気持ちになります。この前にご紹介したTちゃんと似ているのかもしれません。
 さて、おだやかで優しい人は、大体好かれると思うのですが、これ以上失恋を繰り返したくない私は、まず、そうなりたい、と思い、それでいて、難しそうなのでは、あれもこれもと思って、結局駄目になるので、比較的簡単で、語り口が優しく、頭に抵抗なくすっと入ってくる本にしようと思い、この本を選びました。
 以前、ある小雑誌の紹介をしましたが、その雑誌の名前はPHP。そこが、文庫本を出しているのですが、自己改革系統の本が多い。しかも、難しくなく、高圧的じゃないので、素直に受け入れられるのです。四冊も買いました。本気度が高めな自分にちょっと引きますが、そこまでしないといかん気がするので、許してください。(誰に言っている)
 今回は、その中の一冊目です。
 タイトルは99ありまして、それを、5つの章に分けてあります。

 1.がんこでない人
 2.無理のない人
 3.人に押しつけない人
 4.待つことのできる人
 5.水に流せる人
 6.立ち直りの早い人
 7.頼りになる人
 8.人を立てる人

 今、途中まで読んでいるのですが、確かに、この中で、やっちゃ行けないことをやったな、とか、耳の痛いことが多く書かれています。それと同時に、元彼にも当てはまることもあるな、と思ったりして、相殺しようとしている私がいますが。
 ただ、読んだからといって、全てを実行できるわけでもありません。全部やろうとすればしんどいし、続かない。自分に当てはまる所があれば、少しずつ、ここを直して、と繰り返し、最終的に、自分の目標である「おだやかで、優しい人」になれたらいいな、と思うのです。
 そうそう、最も自分に当てはまり、且つ納得できた言葉は、
  不安は、自分に自信がないことの表れ
でした。
 今は一冊目ですが、四冊全て読み終える頃には、素敵な女性になれそうな気がしますし、なりたいと思います。
 本当の意味で、上品な人に。常に、それを目標に頑張りたいと思います。(その割に、ブログの中では、言葉が乱暴だったりしますが、直した方がいいですか?)
 追加(6月24日)
 この手の本に興味を持ちつつ買わないのは、いつも恋人ととうまく行っている時なんですよね。そんな時こそ、買っていればいいのですが、買わずに、病を深くして行くのです。本当なら、失恋した時には読みたくない、「あの時のあの態度が…」と思ってしまうからです。ぐさぐさと心に刺さるので、耳の痛い言葉は聞きたくないのです。そして、なおさら買いたくなくなる。でも、そんな時こそ読むと、しっかり頭に叩き込めるし、同じ失敗は繰り返さないと思えるので、今度こそは、真剣に読もうと思います。
 いつもは、途中で、「こんなの全部やっていたら、きりがないよ。」と思ってやめるのですけどね。危機感を直に感じているということでしょうか。
 

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ステレオタイプ

 皆さんこんばんは。今日は、最初に、訂正がございます。
 6月19日の「外道と呼ばせていただきます 1」というエントリ内の、最後の方、本村さんの言葉ですが、「『私は更生など望んでいない、死んでくれ、と言っているのです。』とおっしゃっていましたが」という所ですが、正しくは、
「私は、損害賠償など求めていない、死んでくれ、と言っているのです。」
です。テレビで確認した所、私の覚え違いでした。間違ったイメージを与えてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
 さて、ここ二日ほど、母子殺害事件最高裁判決を巡って、(2ch内で)肯定派と否定派の舌戦が繰り広げられているようですが、どうして、否定派って、まず先に「死刑廃止ありき」なんでしょうね。結論を先に出して、それに合わせるように、理由を述べて行く。しかも、その理由が、全て仮定に基づくもの。話になりません。
 少なくとも、肯定派は、「こいつは、こうこうこういう罪を犯した。これは、人道的に見ても許されない、よって死刑」と言っているのに、この違いは何なのでしょうか。
 ここに羅列するのも腹が立ちますが、とにかく、彼らの論理を知る意味でも、書いておこうかと思います。(ツッコミ付きで)
 
 じゃあ、もしあなたが過失で殺人を犯した場合でも、文句言わ
 ずに死刑台に上がるのですね?
  いや、今回の事件は、過失で殺してしまったんじゃないし。
  それとも、もしかして、安田弁護士のこじつけ弁護を信用し
  ているということですか?だったら残念ですが、それは、最
  高裁で一蹴されてますから。
 
 あなたがえん罪で捕まって死刑になっても、文句を言わないん
 ですね?
  だから、今回の事件は、えん罪じゃないって、一目瞭然で
  しょ。DNA鑑定からなんから、犯人を特定できるあらゆる
  証拠を検証してますよ。

 私が本村さんの奥さんなら、もういいよ、ここまでしなくて
 もって思う。
  何亡くなった人の気持ちを勝手に妄想して語ってんの?亡く
  なった人の気持ちを想像して語れるのは、被害者遺族だけで
  しょ。

…だんだん書いていてあほらしくなってきましたが…。
最後に言わせていただきますとね、
どうして、あなた方は、そんなに融通が利かないんですか?どんな事件でも、どんな被告でも死刑にすべきじゃないって。
そんな没個性的だから、時代に取り残されるんですよ。このステレオタイプが。

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人のふり見て我がふり直せ

 皆さんこんばんは。最近、家の門についているチャイムを用もないのに押して去っていくという遊びをする小学生がおりまして、一度現場を直接目撃した(今まではモニターで確認していた)ので、しかりとばしたのですが、昨日今日とまたやられたため、学校に苦情を言った所、同じ市内の、別の学校に勤める母から怒られました。「知っとる人がいるのに、かっこ悪い。」そうです。ごめんなさい、母上。
 さて、私には、どうしても生理的に受け付けない女性の有名人がおります(誰とは明言しませんが)。顔もそうですが、なにより、あの性格がたまらなく嫌。人の話を聞かない、自分の考えを正しいと信じ込んで押し付ける、しかも、大声でまくしたてる。自分が批判されたら逆切れ、挙げ句に、言葉が汚い、結果、下品。この情報だけですぐピンと来た方は、私と、ここ以外でのお付き合いがあるか、観察眼があるのでしょう、おめでとうございます(何が)。
 彼女は、ある特定の人たちには人気があるようですが、私は好かん。
 しかし、思ったのです。今挙げた、私が嫌いな彼女の特徴って、私にも当てはまるのではないだろうか?と。そういえば、こんな言葉を聞いたことがあります。「その人を激しく嫌うのは、その人の中に、自分の欠点を見るからだ。」つまり、同族嫌悪だと。
 以前、素直になりたい、思いやりを持ちたいと書きましたが、確かに、彼女の中には素直さや思いやりが見当たらない。なんだ、彼女は、私が姿を変えただけじゃないか、と気づきました。かなりショックです。反面教師ではありませんが、彼女を見るたびに、自分を戒めて行こうと思いました。
 人間は、誰もが自己中心的な性格だと言います。その中で、どこまで相手を思いやれるか、つまり、人の心に対する想像力を持てるかが、重要なのではないかと思います。想像力がないならば、「自分がこうされたら、どんな気持ちになるか」と置き換えて考えるのもいいと思います。
己の欲せざる処、人に施すなかれ
という言葉もありましたね。昔の人は、いいことを言いました。
 偉そうなことを書きましたが、自分の性格がどうこうって言う前に、就職しろって話なんですけどね。何を主張するにしても、話はそれからって気がします。 あ、むしろ、キチンと職に就いているあの彼女の方がまだずっと偉いじゃん…。
 就職をして、人に対する思いやりを育てた時、自分の幸せもくると思いました。(二度目の尻切れとんぼ…)

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やっと…。

 皆さんこんばんは。今朝、ココログから新しいトラバがついたと20通ものメールが来てましたので、見てみると、全ていかがわしいサイト(しかも、同サイトが10くらいつけている)で、かなりがっくりきました。削除して、そのIPは拒否設定にましたけどね。無駄な労力を消費したので、ちょっと気分が悪いです。ていうか、なんで、こんな零細ブログにそんなトラバをつけたがるのかが解りませんのよ、馬鹿。

 さて、昨日もブログで述べましたが、光市母子殺害事件の最高裁判決が出ました。「二審判決破棄差し戻し」。正直、これを聞いた時は、がっかりしたのと安堵したのとが混ざった、複雑な心境になったものですが、判決の理由を聞いて、大いに期待できるものと思いました。
 私は、法に無知なので、いろんなサイトを検索し、やっと納得できました。それは、

最高裁の判決が、差し戻しということは、今までの「無期懲役」以下の刑にはならないということ。
しかも、無期懲役を「甘すぎる」との判断したから差し戻して、きっちり死刑にせよということであって、
事実上は死刑。ただ、死刑までの期間が延びただけ。

  これで、だいぶ溜飲が下がりました。ただ、前例などどうでもいいので、最高裁できっちり死刑にしてほしかったという気持ちがありますが。
 しかし、死刑が確定するまでに、あの外道が謝罪の手紙を出したり、手記を発表したり、安田弁護士が又ふざけたマンガを出して、弁護する可能性が高い。それをいちいち見せられると思うと、想像しただけで、吐き気がします。見たくなければ、見なきゃいいことですけどね。事実として知らされるだけでも、非常に不愉快です。でも、本村さんの苦悩に比べたら、私の不愉快さなどちっぽけなものですから、次からも、本村さんのお気持ちに思いを馳せて、我慢しようと思いますが。
 さて、ここで、私がいつも訪れるサイトの掲示板で、管理人様がレスされてまして、そこからお借りしますが、

浜田邦夫裁判長

原審の判決を破棄しなければ 著しく正義に反する
 事件当時18歳1ヶ月で更正の可能性を
 否定できないとする原審の理由は
 死刑を回避する根拠にはならない

死刑の確率がかなりアップしました。さすがは最高裁裁判長。あと、安田弁護士の「事実誤認だ。」との弁についても、「事実誤認とは言えない。」と切り捨てておられました。だいぶすっきりしました。
 しかし、本村さんは、この後いろんなニュースに出演して、今回の判決について語らないといけないと思うと、心労はいかばかりかと思います。ご無理をなさらないように、と思います。 
 被告については、昨日、十分述べましたので、これ以上書く事はありません。が、本村さんに向けては、こう申し上げたいと思います。
7年間本当に大変でしたね。あなたの苦しみを思うと、手放しで「良かったですね」と申し上げることは出来ません。ただ、後少しの辛抱です。死刑を勝ち取って、あなたに少しでも安らぎが戻る日がくるまで応援しておりますので、くじけることなく、頑張ってください。応援しております。

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外道と呼ばせていただきます。 2

 そして、最高裁。ここまで来て、もしかして死刑になるかも知れないと言う恐怖が、初めて彼を襲ったようです。ヤツについた弁護士は、死刑廃止を訴えている、安田好弘氏。
 これだけでも、この弁護士の意図が見え見えなのですが、なんと、この弁護士、五月で定年の最高裁判官だと、死刑判決を出す恐れがあるということで、上告審の口頭弁論を突然欠席。しかも、もっともらしく「模擬裁判のため」と理由を述べる。あなたは、司法を愚弄しているのか。あなたが守るべきは、あなたの思想ではない、被告の利益ではないですか。しかも、この日のために、いろいろ用意し、都合をつけた遺族の方々や検察の思いを平気で踏みにじる。弁護士資格返上の前に、人間としての資格を返上していただきたい。
 そして、記者会見では、ふざけたマンガまで出してきて、被告には殺意がないとのたまう。その根拠が、「優しくしてほしいと思って抱きついた…」先ほども書きましたが、もう一度書かせていただきます、今度はあなたにむけて。阿呆ですか。どこに、優しくしてほしいだけで、見ず知らずの女性の家に押し入って殺して陵辱する人間がいる。それが普通の人間だとしたら、私たちが異常なのですか。
 今まで我慢してきましたが、今度こそ呼ばせていただきます、外道と。そして、そんな彼とヤツを、いっそのこと、一緒に死刑にしていただきたい。
 しかも、ことここにおよんで、ヤツは、「罪は重く極刑以外ないが、生きたい。悪人のまま終わりたくない」と話しているそうですよ。
 はっきり言います。悪人のまま終わってくれていいです。第一、己があのような凶行をしなければ、悪人で終わるような人生にならなかったと、どうして思えない。幸せな家庭の未来を一つまるまるつぶしておきながら、自分は未来を夢見、希望していると言う身勝手さは何なのだ。
 私は、そんなとき、栃木リンチ殺害事件の、「○○君の分も頑張って生きて行きたい。」と言った被告との類似性を感じ、激しい嫌悪を覚えます。
 おそらく、ヤツには、被害者の絶望感や苦しみなど、処刑台に上がるまで、解らないでしょう。
なぜなら、それが、彼ら凶悪犯の特徴だから。
 それは、致命的な想像力の欠如。人の心に対する思いやりと言う最も大切な、かつ人間的な想像力さえ微塵もないということです。解らないからこそ、あのような所業を行ったとも言えます。彼に対して、最後にかけてやれる思いやりとは、死刑台に送って、新たな犯罪を起こす危険性を永遠に断つことです。そして、彼に出来る償いとは、自分を布石として、少年でも、凶悪犯罪を犯したら、死刑になるのだ、と言う前例を作り、少年犯罪を少しでも減らすことです。
 さて、新たにヤツがこう語っていることが判明したので付け加えますが…。すみません、これを読んだ瞬間、私の理性がぶっ飛んだので、言葉がかなり汚くなりますが、お許しください。
 「この身が朽ち果てるまで心よりおわびしたい」
あ?すでに、体中悪意で食い荒らされて、朽ち果てとるやんけ。 あとは、輪郭だけちゃうの? 死刑になるまで、心からお詫びしろ。 そして、自分の願いとは裏腹に命を奪われて行く絶望感と苦痛を思い知りながら輪郭さえ朽ち果てろ。
 皆さんは、人間を長年憎むことの苦しさが解りますか。私には解りませんし、解ろうとしても無理です。しかし、本村さんは、その苦悩の中で生きてきた。そしてなお、言葉を選び、丁寧な口調で、自分の気持ちを述べておられる。私は、そんな彼の高潔さを心から尊敬します。
 そして、そんな本村さんを始めとする遺族の方々の長年の苦悩を無駄にしないためにも、明日、最高裁から、死刑の判決が下ることを心から祈ります。
 そして、被害者遺族の方々に、少しでも、心の平安が訪れますように。

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外道と呼ばせていただきます。 1

 皆さんこんにちは。相変わらず、夜より朝の方が、心の調子が悪いです。昨夜、やっと吹っ切れて、「あんな理由で結婚やめるなんて、ヤツはアホか、子供か〜(人のことが言えるんか)」って思い、でも、嫌いになるのも嫌だから、いい時もあったんだから〜って思って、心に踏ん切りをつけた所です。しかし、何ゆえ朝は調子が悪いのか…。普通、反対じゃないのでしょうか。私の心は異常なのでしょうか。
 さて、本題ですが、皆さんもご存知かと思いますが、明日、光市母子殺害事件の被告が判決を受けます。はっきり言いまして、私は、彼の死刑を望んでいます。死刑廃止論がありますが、日本の最高刑が死刑である以上、彼にふさわしい刑は、それしか見当たらないからです。
 この事件は、1999年4月、排水検査を装った少年(当時18才)が、強姦目的で社宅アパートに押し入り、母子を殺害した事件です。
 これだけ読んでも、鬼畜と言えますが、ヤツは、いざというとき(騒がれた時)のために、紐状のものまで用意していたそうです。首を絞め、母親を殺した上で陵辱し、赤ちゃんを床に叩き付けて、紐で首を絞めて殺す…。とても人間の仕業とは思えないくらい、ひどい所業です。
その当時、いろいろなワイドショー・ニュースなどを見て知ったのですが、 被害者の夫・本村洋さんは、家族とは生活時間が違っていたそうで、家族にすれ違いが生じないように、交換日記のようなものをつけていたそうです。そこには、長女の成長記録のようなものもあり、本村さんに対するねぎらいの言葉もあり、とても微笑ましく、心温まる内容だったように記憶しています。いわば、そこまでして、家族や家族の幸せを守ろうとしたのです。それを、自分の欲望のためだけにぶちこわした。それだけでも万死に値しますが、それだけではありませんでした。
 ヤツの、知人に宛てた手紙ですが、本村さんを調子付いていると表現したり、自分の犯行を犬同士の交尾に例えてみたり、…あと、警察も司法も俺をさばけない、とかふざけたことを言っていましたね。
 一審、二審では、「更生の可能性がないとは言えない」「18才をわずかに過ぎているだけで死刑はかわいそう」との理由で、無期懲役。阿呆ですか。
 かわいそうという言葉が、どこから出てくるのか。あなたは、事件の概要および遺族の方の言葉を聞いてなかったのですか。かわいそうとは、被告にかける言葉ですか。そんな言葉をかけてやっても、ヤツの心の中は、所詮「ラッキー」程度のもの。大体、ひと家族の、幸せに暮らして行く機会を奪った人間に、更生の機会を与えるって何ですか。
 本村さんが、「私は更生など望んでいない、死んでくれ、と言っているのです。」とおっしゃっていましたが、当然の感情でしょう。

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Tちゃんの行動力

 お早うございます。先ほど、私の憧れの友人(6月11日のエントリ参照)、Tちゃんが新婚旅行後、早速お土産を届けにきてくれましたので、気分がとてもいいです。いや、お土産をくれたから、気分がいいのではないのですよ。
 彼女たち、北海道に行っていたのですが、旅行に行くと、なぜか必ず油取り紙を買ってきてくれる彼女。何かこだわりがあるのかな〜と、ふっと思います。後何軒か回らないと行けないようで、残念ながら、玄関でちょこっと話すだけだったのですが、昨夜帰ってきたのに、早くも今日持ってくる。この行動力がすごいと思いました。私は結婚式の写真を渡したのですが、「早いね〜。」と言ってくれたのですが、いやいや、Tちゃんに比べたら、写真を現像するくらいのことは…(照れ)。
 昨夜は、天気が悪く、空港付近でうろうろ飛んでいたそうです。上がっては降り、降りては上がって…を繰り返して、気分が悪くなったとか。だったら、ゆっくり休んでも良かったんじゃないかとも思うのですが、彼女によると、何かしてる方が気分が落ち着くからだそうです。見習いたいですね、その、まず行動しようと言う気持ち。
 しかし、ちょっと話すだけでも、気分が落ち着き、明るくなれる彼女って、やっぱり、ものすごい魅力の持ち主なんじゃないかと思います。
見習わなきゃな〜、と思いつつも、なかなかですが、とりあえず、外に出てみましょうか。
 しかし、失恋について、うだうだ系のブログを書くと、すぐさま、その下に「失恋がつらいあなたへ」とか、恋愛系のトラバがつくのはなんでですかwなおさら落ち込むので、あえて関係ないのにしてほしいと思うのは、私のわがままですかw
 さて、外へ、外へ!!Tちゃん、今度、又ランチしようね〜。
 でも、彼女には、まだこのブログの存在を教えてないから、こんなこと書いてるの、知らないんだよなぁ…。今度、教えよっと。
 そういえば、結婚して、名字は頭文字Tのままなので、ここでは大丈夫なのですが、「た」から「て」に変わったので、呼び方変えた方がいいのかなぁ…。まあ、本人は、今まで通りでいいと言うと思いますが。

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自虐的でなく他虐的でなく 3

 何が悪かったのでしょうか。私の知人は、私がいちいち口答えする性格だから、男はかちんと来るのだ、と指摘してくれました。確かに、あの、三月の時、本当は寂しかったんだと言えば良かったのかもしれない。過ぎたことをあれこれ考えても仕方のないことですが、こう考えると、自分ばかり責めてしまって、追い込んでしまう。その、欠点が大きく頭をもたげてどうしようもない。そして、自虐的になり、その反動で、他逆的になり、彼を責めてしまう。
私は、単純な人間だから、どちらか一方が悪いと思ってしまう。どちらもそれなりに問題があったのだ、と説明されても、あれこれ考えて、自分がしたことや相手にされたことをいろいろ反芻して、どっちが悪い、とか判定してしまう。
 こんなとき、自分は何て醜い人間なのだろうかと思う。どうすれば、別れた人を憎まず、自分を責めず、ああ、本当に好きだったわ、いい恋をしたわ、と言えるようになるのか、やはり、時間が必要なのだろうか。後、前向きな気持ちと。いつか、あんなこともあったね、と懐かしい、ちょっとチクッとする思い出になる日が来るのだろうか。この失恋を、これがあったから、今幸せなのだと、微笑みながら言える日が来るのだろうか…。
 ある友人が言いました。「どんなにひどい降られ方をしても、嫌いにはなれない。だって、もともと好きだった人を嫌いになるなんて、とても寂しいことでしょう?」と。そんな彼女が、私にはとても強く清らかに見えます。
 嫌いになれたら簡単なのに、それが出来ない、だから悩む、それ以上の心の矛盾は、他にはありません。しかし、この矛盾を繰り返すのが私なのです。相手を好きであればあったほど。
私は、よく、恋愛で悩んでいる人にアドバイスします。
貴方の顔を鏡に映してご覧なさい。その中の貴方は、幸せそうですか?辛そうですか?貴方の表情に、この恋を続けて行くべきか、やめるべきかが出ているのではないですか?と。
 将来、鏡に自分の顔を映した時、幸せそうな表情がそこにあるようにと願って止みません。

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自虐的でなく他虐的でなく 2

 彼にしてみれば、宗教施設でちょっとでも顔を見られたら、それが会うという意味になっていたそうです。三月、私が不満を言った時から、そう言う価値観の違いを感じていたそうです。しかし、それは別れた時に言われたのであって、もう少し早く行ってくれれば、と思ったものですが。
 そして、なぜか、それから、私のちょっとした不注意や彼のちょっとしたキツい言葉から、ケンカになるようになりました。もう、会うたびです。
 「一ヶ月に一回でいいから、一日中二人で会いたいということが、そんなにわがままだったのか、せっかく会ってるんだから、仲良く楽しくデートしたいのに、会ってもケンカばかりじゃ、何のために会っているんだろう、なんで好きなのに、ケンカになるんだろう、私だって、少々のことは我慢してるのに…。」と思っていました。しかし、それは彼も感じていたようで、彼は、仕事が忙しいだけじゃなく、宗教活動も忙しい。その中で時間をわざわざ作ってきてるのに、どうして、ケンカになるのだろう、と思っていたのでしょう。自分の、言葉がキツいのは、ぶっきらぼうな言い方しか出来ないからなのに、と思っていたのかも知れない。又、私も、 彼の忙しさを解ってあげられていたら、あんなにわがままを言ったりして、困らせることもなかったかも知れない。思いやりが足りなかったとしか言えません。
 そして、キツい言葉を言う彼に我慢の限界が来て、別れるちょっと前に言いました。「私は、何も不満はない、ただ、もう少し優しい言い方をして。」と。しかし、彼は、俺はこういう性格だからといって、それについていけないのなら、それは価値観の違いだと。それで、会うたびにケンカしていては、安らげない、安らぎのない家庭は辛いのだと言いました。
 私も、「 私は、価値観の中で、最も受け入れがたい宗教というものを受け入れたじゃないか、なぜ貴方は一つの価値観の違いも許せないのか…。」と言いたかった、でも言えなかった。なぜなら、その時は、別れ話になっていたから。そして、ケンカになるのは、私にも原因があったから。

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自虐的でなく他虐的でなく 1

 皆さんこんばんわ。雨がなかなか降らず、夏は慢性的な水不足に悩まされている地域に住んでいる私ですが、今年は、水不足の心配もなさそうです。
 さて、昨夜、せっかく前向きになれて、気分も良かったのに、今朝、又逆戻りです。夢を見ました。護摩木に何やら祈念を書いている夢。なぜそんな夢を見るかと言うと、最近別れた彼が入っていた宗教が、仏教系の新興宗教で、護摩木に祈念を書いて、それを焚くということをしていたからです。
 その夢の中に、彼は出てきません。しかし、彼を思い出す場所や物事、行動が夢に出てくると、ある意味、本人が出てくるのと同じくらいショックを受けますね。夢に見ることもあるよな、と思えるといいのですが、忘れかけている時に限って出てくるものですから、ブルーになります。何か、呪いでもかけられているんでしょうか。
 大晦日に、彼にその宗教施設に連れて行かれ、そこで年越しの護摩をしました。それから、そこの宗教との付き合いが始まったのですが、彼とのデートは、宗教施設に行って会う、時間があればどこかに出かけるというものでした。私も、気づかなければ良かったのかもしれませんが、二月くらいに、「よく考えたら、年が明けてから、宗教施設でしか会ってないじゃん。」と気づいたのです。そこからは、どうしても、不安で仕方なかった。もしかしたら、彼にとっては、宗教がメインで、私と会うことの方がついでかも知れない。そう考え始めたら、一気に思考が飛躍して、「私は、彼にとって、信者として以外の価値=人間としての価値があるんだろうか。彼は、私に人間的魅力を感じて、つきあってるんだろうか。」と思うようになりました。
 三月くらいに、何日は会えない、何日も駄目、と言われ、じゃあ、どの日なら空いているんだ、それとも、施設に着たついでに会えばそれでいいと思っているのか、と責めたことがあります。不安で仕方なくて、その他にもいろいろ怒ったりしたのですが、そのとき、もう少し素直になって、寂しいんだということを言えば良かったとも思いました。でも、彼の考えは、それとは全く別の所にあったのです。

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復縁のおまじないだって。

 皆さん、こんばんは。珍しく、今夜も気分が良いです。どうやら、朝よりも夜の方が調子が良いみたいです。
 さて、吹っ切れた吹っ切れたと言いつつも、どこかで復縁を期待している後ろ向きな私ですが、後ろ向きここに極まれリ。あらゆるサイトを検索し、果ては2chまで出かけて、発見しましたよ、復縁のおまじない。
 ここまで来ると、彼が好きで復縁のおまじないをしているのか、結婚相手を失いたくない(=自分だけが好き)からおまじないをしているのか、分からない状況になってきましたが、一応見てみましょう。ちなみに、昔おまじないをした覚えがありますが、ことごとく失敗しましたよ(失笑) 。あ、ただ、私の出身の島の神社にしたお願いは効いたので、してみようかとも思いますが。(胸が大きくなるお願いをしたのは、ここだけの秘密)
 さて、その占いですが、復縁のおまじないは、三つありました。早速見てみます。
 「ヒヤシンスの球根と、栽培用の容器を用意します。そして球根を容器に入れ、自宅の浴室か部屋の東北の方位に置き、静かに栽培をします。そして芽が出たら、復活愛をしたい異性に話しかけるように、時々優しく話しかけてください。花が咲く頃には、好きな人の気持ちがあなたに再度傾き始めることでしょう。」
 …花が咲くまでどれだけかかるんだよ…って思った私は、忍耐力がなさすぎますか?ていうか、花が咲くまで、彼を好きでいられる自信がありません。
 さて、もうひとつ。
 「毎日使っているヘアブラシの柄に、ダークレッドのリボンを結びます。そして毎晩髪をとかす度に、『偉大なる神ハデスよ、○○さんの愛情を復活させ、二人を永遠に結びたまえ』と唱えます。毎日根気よく続け
るうちに、相手のあなたへの愛情が少しずつよみがえってくるでしょう。」
 …毎日根気よくって、いつまでだよ…。その間に、新しい出会いを逃して、結局彼も帰ってきませんでしたってのじゃ、私、目も当てられないじゃないですか。
 もう一つ、「 別れた彼・彼女の名前を大きく新聞紙(10センチ四方)に赤で書き、それを2日間だけ持ち歩く。3日目にそれを燃やし、その灰を手のひらにのせて、それを笑顔で見つめながら 『愛しい人、また、またね…?』とよびかけ、ふっと灰をふく」
というおまじないがありましたが、2日って、どう判断すれば良いのでしょうか。書いた日も含めて2日か、あるいは、書いた次の日から2日か。ちょっとでも間違えば効き目がなくなりますから、そこははっきりしておきたい所です。と言って、質問もできず。却下です。
 とりあえず、一番簡単そうで忍耐が必要なさそうなのは、ブラシのおまじないでしょうか…。
 結局、復縁するには、なみなみならぬ愛と、執着心と、忍耐力が必要ということが分かりました。試しにやってみるのもいいです。駄目なら駄目で、踏ん切りもつくし、戻ったら戻ったで、別にいいし(別にいいと思ってる所が、もう、彼への愛情の薄さを表しているようで嫌ですが)。
 しかし、ヒヤシンスのおまじないはなぁ…。そんな阿呆なことを考えてシミュレーションする夜です。書いているうちに気分がふさぎ込むかと思いましたが、幸い、そんなことにもならず。それだけでも、大きな収穫です。
 (いきなり復縁のおまじないを思いついたのは、今度のお見合いの相手が、釣書や写真の時点でどうも気に入らないって理由もあったりしますw)

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正義

 皆さんこんばんは。今夜は、ちょっといい波が来ていますので、それが引いてしまわないうちに、ちょっと、思っていることを書きます。
 正義って、何なんでしょうか。いきなり直球ですみません。そもそも、正義には、しっかりとした定義はあるのだろうか…。もちろん、国語辞典に正義という意味は書いてあったと思います。しかし、それでは、私の心は納得しません。傲慢でごめんなさい。なぜなら、正義とは、人によって違ってくると思うからです。いわば、「絶対正義」など、存在しないと思うのです。
 その正義がぶつかる最もたるものが戦争。高々六十年前、日本は、連合国相手に無謀とも言える戦争を展開しました。大東亜戦争がそれですが、結果は悲惨。私の祖母は、その当時仕事で京都にいましたが、「この戦争は勝てない、死ぬかも知れない、どうせ死ぬなら、お母さんのそばで死にたい。」と思い、故郷に帰ったそうです。
 私の祖母でさえ、戦争に勝ち目がないことを知っていた、ならば、兵隊さんは、もっと知っていたのではないでしょうか。なのに、なぜと言われたら、私は、兵隊さんのお話を直に聞いたことはないし、経験したこともない。しかし、「英霊の言の葉」は、少しながら読んでいます。なぜ、自分が無謀とも言える戦争に飛び込んで行ったか…。愛する人、家族を守るためもあったでしょう、民族の誇りもあった、そして、自分の国を正義と信じる気持ちもあったと思います。
 しかし、連合国側にも正義はあったのです。その正義が、私たち日本人に受け入れられる正義かどうかは別として。正義は、かくも、自分本位な意味を持つのかも知れない。もしかしたら、正義ほど、自己中心的な言葉はないと思ったりもします。
 そんな私ですが、十年ほど前、「ハックルベリー・フィンの冒険」をテーマに、卒論を書きまして、卒論ですから、本を何回も読み込むのです。その中に、私の答えがありました。
 そこでは、ハックと一緒に行動した二人の詐欺師がいて、ハックは、彼らを嫌っていたのですが、いよいよ詐欺師が捕まって、罵倒されたりしながら連行されて行く時、ハックは思うのです。「正義ほど、わけも分からず人を責めるだけのものはない。」
 私は、そこに、「自分を正義と思い込むことの恐ろしさ」を見ました。正義を持つことが、悪いとは思いません。でも、何かを主張する時に、一拍おいて、自分だけの正義に固執してないか、と考えようと思っています。とか言いつつ、自分の正義でいろいろ語ってしまうんでしょうけどね(;^_^A
 絶対正義は、ないか、あっても、限りなく少ない。
 このことを、いつも心に秘めつつ、人と触れ合ってゆきたいと思います。特に、人と意見が食い違った時には。
 あ、でも、人を殺してはいけないとか、犯罪に対する正義感は、問答無用で肯定しますよ。(何か、尻切れとんぼだなぁ)

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友人のありがたみ

 皆さん、こんばんは。 数時間ごとに波が来るものの、以前よりはその波が小さくなって、ちょっと楽な台風です。
 今回、いろいろな友人から、アドバイスを受け、自分でも考え、改善点を見いだし、頑張ろうと思った次第です。前に歩いて行かなきゃ、と思うのではなく、前に歩いて行こうという気持ちが大事なのだと気づいたのも、友人達のおかげです。
 昨日は、結婚式の二次会で、いろいろ話したのですが、「それは、別れてよかったんだよ。」と言われ、かなり救われた気分になりました。ただ、結婚式の二次会で、いささか縁起の悪い話でしたが、…ごめん、Tちゃん、甘えて。今度は私に甘えてください。
 そして、今朝、姉から親に用事で電話があったのですが、たまたま私しかいず、三十分くらい相手をしてもらって、気が晴れました。特に、姉は、昔は「いじわるな人だ〜」、「キツい人だ〜」と思っていたのですが、話をしているうちに、人を思いやるということは、こういうことかも知れない、と、気づかされたような気分になりました。話をするっていいですね。
 本当は、キーを打つのがだるくなってきたのですが、ここで終わらせるわけにはいかない。だって、タイトルが友人関連だし。
 実は、チャット友達というのが存在していて、チャットをしたり、メールしたり、たまに電話で話したりするのですが、私の今回の失恋の際にも、すごくお世話になっています。この場を借りて、ありがとう。<(_ _)>
 そのうちの一人の話なのですが、私が、今回、いろんな改善点を見つけて、「こういう所直さないとな〜」と次々言っているのを心配してくれて、「あまり、ここを直さないとって考えすぎない方がいい」と言うアドバイスをくれました。
ありがとう。無理しなくていいんだね。私は、人間的に欠点が多いから、人よりたくさん直さないと行けない所があるんだ、と思いすぎていた気がするよ。少しずつ、改善して行けたら、と思う。時間がかかりますが、末永くおつきあいお願いいたします。
(なんだか、プロポーズみたいね)

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おめでとう!!最高のお友達!!

 皆さんこんにちは。 今日は、昨日書いた通り、友人の結婚式でした。
 友人とは、高校時代からの付き合いですが、彼女は、控えめで、決して自分の意見を押し通すことなく、まるでいつも寄り添うような優しさを持ち、でもしっかりとした考えを持ち、ここぞという時にははっきりとしたアドバイスをくれるので、会うたびに、もう少し一緒にいたいと思わせる、不思議な魅力のある人です。彼女は私の目標かつ憧れであり、そのような彼女とお付き合いできるという幸運に恵まれた私ですが、二人で「どっちが先に幸せになるかな〜」なんて言っていましたが、彼女に先を越されました(笑)。
 本当に、いいご披露宴でした。きれいで、かわいくて、素敵で、何より幸せそうで、思わず私を投影してしまったほど。私は、先日悲しいことがあり、未だにぐだぐだと前に進めないでいたのですが、彼女の幸せな姿を見て、やっと踏ん切りがついて、前に歩いて行けそうです。(でも、その割に、あの人と、こういう結婚式を…と思ってしまった私がいますが(笑)) 
月並みな言葉ですが

おめでとう、そして、ありがとう、Tちゃん!!私も負けんぞ!!

 ではでは、夜には二次会が控えてますので、彼女としゃべりまくってきます。
 幸せにならなきゃね。

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へこたれそう…?

 こんばんわ、皆様。最近、息切れ気味です。
 おとといは、大丈夫だったんですよ。いきなり、「あんな男、いつまでも気にしてても仕方ないしな〜。」って思い始めて、気持ちが消えかかっていたんです。でも、やっぱり、私まだ素直じゃありませんでした。この前のブログでは、さんざん偉そうなことを書いたくせに。
 消えかかっている気持ちなら、放っといて、消えるまで待てば良かったのですが、他方で「あんなに好きだったのに、十日やそこらで消える程度の気持ちだったの、彼への気持ちは。」という気持ちが芽生え…。「辛くてもいい、もう少し、好きでいたい。」と思ってしまいました。こうなると、後戻り一直線。自分の性格を考えると、この後の顛末は分かり切った物なので、素直に、消えてゆくに従っていれば良かったのですが…。
 学習能力がない私って、ホント阿呆。いや、馬鹿ならまだ救われます。馬と鹿を間違えるくらいはかわいい物だし。でも、阿呆は、「阿」だけで、あんぽんたんという意味があり、「呆」は読んで字のごとくですよ。阿呆です、私。
 未だに、サイトで「復縁のおまじない」を検索する自分が嫌よ(失笑)。お茶の御稽古の帰りに、その近所の神社にお百度参りをしそうになる自分が嫌よ(再失笑)。お百度参りはしなかったけど、神様にお願いする自分が嫌よ(再々失笑)。
 これはどうにかしなければ行けない。こうする間にも、日は過ぎてゆく。私には、時間がない(お見合い限度年齢までの)。なので、今更のように、うちのおばあちゃんのありがたいお言葉を思い出しました。
 なるようにしかならぬ、心配するな。
 水は、一つ所に留まっていたら、淀んで腐ってしまう。
 よし、これで、当分は大丈夫だぞ、と。

  明日は、二十年近くつきあっている友人の結婚式だしね。晴れ晴れした気持ちで行かないと。
 そして、彼女から、お裾分けしてもらうのです、幸せを。ついでにそこでいい人がいればいいな。
 あ、もちろん、つきあうからには、結婚前提ですよ。何てったって、年ですから(* ̄m ̄)プッ
 (友よ、不純でごめん)

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おばあちゃん

 私のおばあちゃんは、苦労の人でした。今は、おばあちゃんを浮気やばくちで悲しませた祖父も亡くなり、悠々自適の島ライフを送ってすごく元気に暮らしていますが。私が、孤独死や病気を心配して電話をかけると、「元気よ。まだまだあんたには口では負けんで!!」と言われ、安心して電話を切ります。
 今回は、失恋の痛手から、とにかく一人でいたくなくて、三日ほど島に帰って、いろいろ話しましたが、やっぱりおばあちゃんですから、何回も同じ話をするのですよ。楽しかったことも、愚痴も。最近は、愚痴が多い気がしますが、それで気がすむのなら、それもいいか、勉強になることも言ってくれるし、本人も私も楽しいと思って、今までは聞いていました。
 しかし、今回は、私が聞いてもらう方が多かった。話題は、もちろん失恋の話。その中でも、本当に腹が立った、あのメールのことを言うと、「かわいさ余って、憎さ百倍やったんやろ。」と。失恋したばかりだから、励ますようなことを言っているのだと思うかもしれませんが、彼女に限っては違います。彼女は、前にも私が手痛い失恋をした時、きっぱりとこう言ったのです。「遊びやったんやわ。」と。さすがおばあちゃん、厳しい人生を歩んできただけに、言葉も厳しいです。それがあるからこそ、今回のおばあちゃんの言葉も長年の経験からくる言葉なんかな、と思って、信頼できます。
 そして、別れ話の顛末を話すうちに、私が、
「一週間以上、夜も寝られんと悩んだ結果やから、覆さんやって。そのぐらい悩んだんなら、一緒にやって行く方を選んでほしかったと思わん?」
というと、彼女が思いがけない言葉を…。
「それ聞いて、安心したわ。だって、もうええわ、好かんわって思ってたら、一週間も悩まんやろ、一日ですぐに結果出してるわ。あんたのこと、嫌いなばかりで別れたんじゃなかったんやわ。好きな気持ちがあったから、そんなにも悩んだんやろ。」
と。それは自分でもちらっと思ったりしましたが、彼とのことを美化しようとしているのではないか、と否定していました。だって、お互い好き同士なのに別れるなんて、ドラマやマンガ、現実だとしても、雑誌投稿とか、サイト書き込みとかで見るくらいの、自分の周りには絶対にない、非現実じゃないですか。まさか現実に、自分に起こるわけがない。
 でも、思ったのです。昨日書いた、素直になるということ。ならば、おばあちゃんの言葉を素直に受け入れようと。そして、おばあちゃんは、こうも言いました。
「今度、いつどこで再会するかも解らない、そんな時に、ぷいっとそっぽを向くような、お互い感じ悪い別れじゃ、悲しいでしょう?だったら、『貴方のおかげで、いろいろ分かったことがありました。貴方のことは、一生の宝にして生きて行きます、ありがとう』って手紙に書いとき。」
 私は、正直、別れは、きれいに別れても仕方ない、どんなに口汚くののしっても、自分の言いたいことを全部言って別れた方がいい、と彼の前の失恋で悟った気になっていました。でも、それは、相手がそれだけの人間のとき。今回の彼は、本当に好きだったし、大切にしてもらったから、おばあちゃんが言ってくれた通りにするのがいいかと。もちろん、復縁は出来ないと分かっていますよ。だから、手紙を書いて、昨日、信用の出来る人に預けてきました。内容は、ごめんなさい、秘密です。
 おばあちゃんは言ってくれました。「水は、一所に留まっていたら、淀んで腐ってしまう。」「『心配するな、なるようにしかならぬ』やからね。」
 おばあちゃんはこのブログを読めないと思うけど、おばあちゃんのおかげで少しずつだけど、前を向いて歩いて行けそうです。一期一会の大切さを教えてくれて、ありがとう。いつまでも、元気でいてね。大好きよ、おばあちゃん。

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故郷の島に帰って

おはようございます、皆さん。 おとといから今朝まで、子供時代に暮らしていた島に帰っていました。子供の頃は、「こんな田舎、早く出て行きたいなぁ。」と思っていたのですが、今では、この島が最も落ち着く。それは、昔から暮らしていた安心感というのもあるのでしょうが、祖母がいるからでもあると思います。
 祖母のことは、また次回書くことにして、今回は、島で見つけた、二十年前の本について。
 それは、安価な小さい月刊誌なのですが、人間の内面についてのテーマについて、数人の方が書いています。
 ある月は、「素直になる」がテーマでした。私は、自分では、正直なつもりでした。しかし、正直を、素直よりも上にあると勘違いしていたらしく、正直すぎると意固地になってしまって、周囲にも自分にも良くないということが分からなかった。だから、いつも好きな人には去っていかれるのだ、とやっと気づいたのが、この本でした。
 もっとも、この本が出たのは二十年も前のことですから、その時にもっと真面目に読んでいれば、この前の手痛い失恋もなかったと思うのですが。
 その中に、ある方が書いていたのですが、去っていった恋人にどうしても会いたくて、電話で呼び出してみたけれども断られ、「もう二度と誘わないわ。」と電話を切り、その後つらくてつらくて、とても後悔した、と。そして、彼女は、後で悟るのです。
自分の感情を押し付けるのは、素直ということではない。それは、自分しか見えていないのだ。本当に素直になるためには、その人に強さがなければならない、自分の気持ちを直視し、相手の心も見ることが出来る覚悟が必要なのだ、と。
 それを読み、素直になるということは、相手の心に対する思いやりかも知れない、と私は思いました。
 私は、あのとき、確かに、彼と握手をして別れました。さようなら、と言って。そして、その後に、彼のメールに対して、感情のままにキツいメールを送ってしまった。これは、素直なやり方ではないのだと、どうして気づかなかったのか。
 結局、私は自分の気持ちを押し付けるばっかりで、正直ではあっても、素直ではなかったのだ、と、この本で、やっと分かった気がします。辛くて辛くて、失うのがこんなに辛いなら、どうしてもっと大切にしてあげられなかったのだろう、辛いのは自分だけだと思い込んで、彼のしんどさや辛さを分かってあげられなかった。
 この本がなければ、このことにも気づかなかったかも知れないし、これからもずっと独りかも知れなかった。
 それは、彼との出会い、つきあい、別れにも言えることかもしれません。
 筆者はこう書いています。自分のもとを去ってゆく恋人に、「あなたが好きです、貴方のことは忘れません。」と言えるようになりたい、と。
 出来れば、もう二度とそんな思いはしたくないのですが、手紙に書いてみようか、彼は忘れてくれと言ったけど。
 ごめんね、貴方のことは忘れない、貴方とのことを、一生の宝として、生きて行きます。大好きです。
と。
 これは、祖母と話した中での、祖母からの受け売りだったりするのですが。そんな、心安らぐ、祖母の話は、又次回に。

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癒しの漫画家理子先生



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相変わらず波真っ最中です。いい加減立ち直れたらいいのですが(辛いことに対する耐性がないくせに、こういうことは引きずる性格)、なんせ心だから、そう簡単には行かない。
 こんなときどうするかと言うと、家にこもっています。だって、お金がないから、ガソリンもない、遠くに行けない、遠くに行けたとしても、帰るのが大変だし、移動中にいろんなことを考えてしまって、なおさらブルーという悪循環にはまりかねないので、家にこもります。とにかく一人でいたくない、親でもいいからいてほしい、時限的寂しがり屋です。
 うちでは猫を飼っていまして、その猫が、猫のくせに寂しがりやで、自分が家に帰ってきた時に、誰も家にいなさそう…と思うと、にゃんにゃん鳴くのですよ。で、返事をしたら、「こんなところにいたの〜」とばかりに、駆け寄ってくる。今なら、彼女の気持ちも十分分かります。
 だからってわけじゃないのですが、今、あやせ理子先生のマンガにはまっています。理子先生のマンガは、人物も背景も画風があっさり目で、好みです。そして、何よりも、動物物のマンガなので、恋愛もののように、自分と対比させて落ち込んだりすることもない。まあ、たまに、恋愛ものでも悲しい別れとかをするストーリーがありますが、そんな物を含めて、今は恋愛物はシャットアウトです。読めてもファミリー物。あずまきよひこ先生の「よつばと!」なんかがいいです。
話がそれて申し訳ありません。今回は、理子先生のマンガです。「ハートのしっぽ」これは、祖父の動物病院を手伝おうと、頑張って獣医さんになった女の子:智が、動物病院で、いろんな人や動物と出会って成長して行く(と思う)マンガです。毎週、「週刊女性」に掲載されています。
 ああ、癒される…。今までは、数ヶ月に一回しか読んだことのないこのマンガ、この三日間で、四回以上読みました。やっぱり、失恋した時は動物物です。今日もNHKで、エゾモモンガを見て癒されたし。しかも、理子先生のマンガは画・ストーリー共にほのぼのしているので、安心して読めます。私としては、今後智先生と柴先生がどうなって行くかが大いに気になるところです。どうもならないかも知れないけど。
 しかし、柴先生を見て思うのですが、動物には優しく、人間には厳しい先生っているのでしょうか。ちょっと疑問に思うのですが、私の好みなのでまあいい。今は、最新刊の三巻が出るのを待つのみです。しかし、ただ待っている間にも、私の忌まわしい波はやってくるのです。
 ので、アマゾンで購入しましたよ。千五百円以上購入すると、送料が無料になると言う、実にありがたいシステムのアマゾン様、今までも、これからもお世話になります<(_ _)>
 購入したのは、やっぱり、理子先生の「迷犬カラヤン」。これは、どうも、お金持ち夫婦のところで飼われているゴールデンレトリーバーが、いろんな騒動を起こすというハートフルなお話らしいです(まだ読んでないから、はっきりしない)。
 こうしてマンガを読んで行くうちに癒されて、傷が浅くなり、かさぶたになり、消えてしまうといいのですけどね。とにかく、今は、理子先生に頼ろうと思います。すみません、理子先生。だから、毎週頑張ってください!!私のためにも。

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掟破りの間隔

 ご無沙汰しております、お元気でしょうか。
 更新が初っ端から遅れてしまって、申し訳ありません。これには理由がありまして、私、台風なんてふざけたPNを持っていますが、じつは、結構気分の波の激しい人間でして、いい時はいいのですが、悪い時は、八つ当たりはしませんが、こういうことがおっくうになってしまう、困った性格なのです。
 さて、伏線を簡単に書きますと、お見合いをして、結婚前提に半年もつきあっていた人とこの日曜日に別れました。ふられたのです。
 理由は、価値観の絶望的な相違、なかなか会えないが故の寂しさ、彼の私に対するキツい発言、それに負けないくらいの私の彼に対するキツい発言、彼がしんどい時に私の気持ちを無遠慮に押し付けたことでしょうか。
 別れる時に、食い下がりました。それは、何より彼のことが好きだったし、新しい人を見つけるのが面倒だと言う打算、そして、彼との結婚準備のために仕事までやめてしまったので、今更結婚をやめられるかという気持ちもありました。しかし、駄目でした。
 それからというもの、日を追うごとに現実感が出てきて、予想通り、波が来ました。こんなに辛いなら、つきあってる時にもっと大切にしておけば良かったんですが、終わったことは仕方ない。しかも、別れた理由は上のように、それだけじゃなかったし。
 そして、昨日あたり、やっと「大丈夫だ。」と思えるようになったのですが、甘かったです。
 今日は、彼には、私から断ったということにしようと持ちかけて了解されたので、彼の実家のご両親にお詫びの挨拶に行ったのですが、そこで、彼のお父様が「今はカッカしてるから、また、何ヶ月かしたら、電話してやって。」と。お気持ちはありがたいですが、したいのは山々ですし、出来るものならしています。だから、別れ話の時にあれだけ粘ったんですし。
 そして、この後、これが本命ショック(何それ)なのですが、彼に、今日ご両親に挨拶に行く旨をメールで伝えると…。正直、返事は来ないと思っていたし、こんな返事なら、来ない方がましと思ったのですが。

 終わった私のことはとっとと忘れて、次の恋に頑張ってください。すぐにいい人が見つかりますよ、なぜなら、私たちみんながそう願ってますから。 以上

 よそよそしい文体もムカつきますが、終わったって、次の恋って…。そりゃ、彼が終わったんじゃなくて、彼にとって私が終わってるだけです。そんなね、ロボットやパソコンじゃないんだから、リセット〜、削除〜、次ぃ〜♪なんて、スムーズに行くわけないでしょ。恋愛したことがないんでしょうか、彼は。もっとも、バージョンアップ機能は欲しいですけどね。
 激怒最高潮なので、次々つっこませていただきますよ。願ってるって何。そんなこと、いちいちメールしないでほしい。願うなら、言わずに願ってほしい。そういう、中途半端な優しさが立ち直りを遅らせるって、分からないんでしょうか。そりゃ、彼にしてみれば、最後の優しさかも知れない。でも、そんなメールをくれるくらいなら、「分かった、さようなら。」ってのをくれるか、いっそくれない方がましなんです。しかも、以上って…。恐ろしく冷たいですね、あなた。
 というわけで、やっと、と思っていたのが、又ブルー…。しかし、そう落ち込んでばかりもいられません。なぜなら、母に次のお見合いをお願いしているからです。今度は、自分の悪かったところを改善して、後、もっとかまってくれる人にしようと思います。年は、四つ以上上がいいな。
 今回は、ブルーなためにこのようなブログになりましたが、また気分が乗ってきたら(おそらく、次のお見合い相手とうまく行った場合)、弾けた、楽しいブログも書けると思いますので、皆様、乞うご期待!!
あ、彼には、

 とっととって、無理言わないでよ、そんなすぐに次に行けるわけないし、忘れられるわけないでしょ。
 ていうか、忘れようが忘れまいが私の勝手なんやから、人の心にまで命令しないで。

というメールを送って終わりにしましたが、これで良かったでしょうかwではでは。

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